2006年 07月 29日
糖尿病網膜症について
一般向けにまとめたものがあるので、アップします。参考にしてください。
資料: 1998年の統計(厚生労働省)
糖尿病患者 約690万人(予備軍を加えると 1370万人)
(日本人の40歳以上の7人に1人は糖尿病の危険性あり)
糖尿病網膜症の有病率は 30%(200万人以上)
失明者の率は、3%
資料: 2002年の統計(厚生労働省)
糖尿病患者 約740万(予備軍を加えると1620万人)
糖尿病患者の、41.9%は治療を受けていない。
そして、糖尿病網膜症とは、
単純(良性・非増殖)糖尿病網膜症:毛細血管瘤、点状の網膜出血が見られるのみで、視力に殆ど影響がない。糖尿病の治療だけで、改善する可能性がある状態。
悪性(増殖)糖尿病網膜症:網膜、視神経乳頭に新生血管が発生し、硝子体出血・網膜剥離が発生し、失明する可能性がある状態。
この悪性(増殖)糖尿病網膜症の前段階を前増殖糖尿病網膜症。
糖尿病網膜症とは、糖尿病性腎症、糖尿病性神経症などと同様に、糖尿病の合併症のひとつです。従って、予防・治療に関しても、糖尿病そのものに対する予防・治療が基本になることは当然ですが、ここでは、糖尿病網膜症に関する眼科的な管理方法について述べます。
その前に、
糖尿病に罹患し( 多くの場合、いつから罹患しているかについては不明です )、
糖尿病歴が長くなり、
血糖のコントロール状態が悪い状態が続けば、
糖尿病網膜症の発症率は高くなり、発症後の悪化率も高くなります。
糖尿病のコントロールは、いい加減にやるより、厳格にやった方が、明らかに糖尿病網膜症の発症率・悪化率とも低いことは証明されています。合併症の発症、進展阻止の為の血糖コントロール目標は、有名な熊本スタデイでは
FBS<110 食後BS<180 HbA1c<6.5%
という、かなり厳しい基準です。
なかなか達成できない厳しい基準ですが、合併症の発症を完全に阻止しようとすれば、このレベルが必要ということです。逆に言えば、この基準をクリアできない人は多くて、合併症を起こす人も多いということです。(加えて、前述の厚生労働省の発表でもわかるように、糖尿病患者の4割は無治療であり、糖尿病網膜症を起こす人はかなりの数になると思われます。)
従って、糖尿病網膜症の眼科的管理において、最も重要なのは、糖尿病網膜症を見つけたらどうするかというよりも、早期発見の為の、糖尿病患者の定期的な眼底検査ということになります。
この点について、更に説明します。
糖尿病網膜症は、殆ど自覚症状がないまま発症し、悪化します。その後、増殖性網膜症に進展して、黄斑部網膜に出血・浮腫・虚血などの病変が及ばなければ、自覚症状は見られません。一般的な糖尿病網膜症の病期分類とは異なりますが、
例えば、初診の糖尿病患者さんの糖尿病網膜症の状態(レベル)を
レベル1:糖尿病網膜症はない
レベル2:単純型糖尿病網膜症があるが、眼科の治療は不要。
レベル3:単純型糖尿病網膜症あり。レーザー光凝固治療をすることもある。
レベル4:前増殖期糖尿病網膜症あり。レーザー光凝固が必ず必要。
レベル5:増殖期糖尿病網膜症あり。レーザー光凝固は必ず必要で、時に硝子体手術も必要。
レベル6:増殖期糖尿病網膜症あり。硝子体手術が必要。
レベル7:増殖期糖尿病網膜症あり。治療の意味が殆どない(失明)。
このように7つの段階に分けて考えると、治療する立場からすれば、
レベル2-3までなら、多くの場合、視力低下を防ぐことが可能。
レベル4までなら、多くの場合、高度の視力低下を防ぐことが可能。
ただ、
レベル5に至るまで、視力低下がなく、自覚症状が殆どないこともしばしばあり、
初診時、レベル5以上になっていることも時々経験します。進行した糖尿病網膜症は、治療開始後、下り坂をころがり落ちるように視力低下していくことがあります(それでも治療しないよりは最終結果が良いことは証明されているのですが)。ただ、患者さん側には、病識がないことが多く、折角受診しているのに、治療をしたら、視力が下がりだしたと、治療を中断してしまうこともあります。治療しなければ、100%中途失明が確実な場合であっても、治療は中断されたりします。もちろん初診時レベル5や6でも、結果として、正常な視力を維持できることもありますが。
このレベル5以上の症例に行われる硝子体手術の進歩は著しいものがあります。これにより、少し前まで失明確実であった眼が、その光を失うことなく、視力をある程度確保できるようになりました。この手術が行われる適応もどんどん広がっています。ただ、それでも、良好な視力が確保されるかというと、現実は厳しくて、手術が成功しても、なんとか視力を確保できたというレベルであることが多いのです。手術道具と手技は、大幅に進歩しているのですが、良好な視力の確保との間には、まだまだ大きな開きがあるのです。だから、糖尿病網膜症治療に関しては、このような著しく進歩した手術を受ける事よりも、地道な検診による早期発見の方が、何倍も重要なのです。
糖尿病と診断された時に、幸い糖尿病網膜症が未発症であれば、定期検査さえしておれば、必ず、レベル2で発見できます。問題なのは、糖尿病そのものの治療が中断するか(しばしばあるのです)、折角、糖尿病と診断がついているのに、眼底検査を受けない事です(これしばしばあります)。この場合、初診時既に、レベル5以上ということが起きるのです。
結果として、糖尿病網膜症と診断されたら
1、糖尿病の管理状態の確認し、
2、糖尿病網膜症の治療を開始する事になります。
糖尿病網膜症の眼科治療としては、
1、薬物治療
2、レーザー光凝固
3、手術治療
の3段構えです。
1、薬物治療としては、止血剤・循環改善剤などが用いられるが、現時点では、補助的な意味合いしかない。ただ、糖尿病網膜症発症のメカニズムの研究は進み、その代謝異常に関わる治療薬は治験中である。
2、レーザー光凝固は、糖尿病網膜症の進行を抑えるのに有効であることが証明されています。我々は、糖尿病網膜症が単純型から増殖型へ移行しないように、眼底検査を行い、適切な時期にレーザー光凝固を行います。既に、増殖糖尿病網膜症に進展している場合も、その進行防止のために、レーザー光凝固を行ないます。
3、こういった治療にも関わらず、糖尿病網膜症が悪化し、硝子体出血・網膜剥離が発生すれば、手術治療(硝子体手術)の適応となります。
硝子体手術前
硝子体手術後
繰り返しですが、視力低下を招くことのないようにするには、糖尿病患者に定期的に眼底検査を行い、糖尿病網膜症発症前から管理していく必要があります。糖尿病網膜症が発症してからでも、定期検査をしていれば、単純型から増殖型へ移行する前にレーザー光凝固により、その進行を阻止できる可能性が高く、大幅な視力低下を招く可能性は低いと思われます。ただ、初診時、既に増殖糖尿病網膜症になっていれば、レーザー光凝固・硝子体手術などにより、糖尿病網膜症そのものは鎮静化できたとしても、時に大幅な視力低下を招くことは避けて通れないでしょうし、不幸にして失明してしまうこともあるかもしれません。
ここまでは、何年か前までの糖尿病網膜症の説明として十分なのですが、最近は、加えて、黄斑症とその治療について触れないわけにはいかないでしょう。
糖尿病網膜症は、網膜レーザー光凝固術をしっかり行うことで、増殖性変化を抑えることが可能ですが、黄斑部の浮腫は抑えることができません。このために、結局は著しい視力低下を招いてしまい、失明しないけれど、日常生活に著しい制限が加わることは稀ではないのです。
この黄斑部の浮腫には、局所性黄斑部浮腫とびまん性黄斑部浮腫があり、前者は、毛細血管瘤からの漏出が原因で、そこを網膜レーザー光凝固術すればいいのですが、後者のびまん性黄斑部浮腫です。徐々に視力低下し、網膜レーザー光凝固術もあまり有効でなく、非常に厄介です。最近は、手術(硝子体切除術)が積極的に行われつつあります。加えて、最近は長時間作用する懸濁性ステロイドのケナコルトの使用が非常に流行しており、この黄斑部の浮腫に対しても、積極的に使われるようになりました。使い方は、簡便なテノン嚢下注射と硝子体内への直接投与とがあるが、前者でもそれなりの効果が報告されている。再発の問題があるものの、ぶどう膜炎の時のような嚢胞性浮腫にはかなり有効なようです。今後更なる発展が期待される分野です。