2006年 12月 30日
糖尿病網膜症は炎症性疾患
かつて、眼底に大きな瘢痕組織があることが、糖尿病網膜症の進行抑制に関与しているらしいことを経験則で知った眼科医は、現在でも、網膜レーザー光凝固術を行い、増殖網膜症への進行抑制を行っています。ただ、何故光凝固が奏効するのかは、いまだに不明のままなのです。
網膜レーザー光凝固術も、ここ20年ほどで、猛烈に進歩した硝子体手術も、結局は著しい組織の破壊と引き換えに、糖尿病網膜症の進行の抑制・鎮静化を手に入れます。だから、網膜レーザー光凝固術は、そんな代償を払っても利益がある時だけ、行ってもいいのです。
我々は、糖尿病網膜症の治療と言えば、初期には、糖尿病の治療に専念してもらうだけだし、進行して、網膜レーザー光凝固術の適応になるまでは、止血剤・循環改善剤などを投与することもあるものの、基本的には眼科医ができるのは、経過観察のみです。
ところで、ここ何年かで、この糖尿病網膜症に対する考え方が、大きく変わりつつあるのです。この糖尿病網膜症は、炎症疾患だというのです。炎症疾患といっても、結膜炎や麦粒腫のようなものとは、大きくイメージが異なりますが、あの血管内皮増殖因子(VEGF)が深く関わっている炎症疾患なのです。
この糖尿病網膜症の基本になる3病態。浮腫・虚血・血管新生は、白血球による制御を受けていて、VEGFは、血管新生だけでなく、白血球を主体とする炎症細胞を動員する炎症性のサイトカインとして深く関わっています。少し詳しく紹介しますと・・・
高血糖は、結果として、網膜血管内皮やグリア、マクロファージなどにVEGF発現を促す。当然VEGFは、血管透過性亢進作用があり、BRB破綻を引き起こす。同時にICAM-1の発現を誘導し、白血球の接着を促進する。接着した白血球は血管内皮を障害したり、更にサイトカインを放出したり、虚血状態を悪化させる。血管内皮細胞は、主として白血球によって、アポトーシスに追い込まれ、網膜に無血管野を作り出す。さらに、この白血球とVEGF(164)の組み合わせは、病的血管新生を誘導する。このように糖尿病網膜症は、VEGFと深く関わりながら、悪化していくのです。
抗炎症ステロイドのトリアムシノロンや話題の抗体VEGFアプタマー(ペガプタニブ)が奏効するのも、糖尿病網膜症が炎症疾患である証左となっているとも言えます。
糖尿病網膜症治療は、今後、この炎症性疾患という側面を逆手に取った治療手段の進歩によって、新たな展開をみせることになると期待しています。
現時点では、まだ、トリアムシノロンというステロイドの使用だけしか一般化されていませんが、このトリアムシノロンを硝子体手術や網膜レーザー光凝固術と併用して使うことによって、黄斑部浮腫治療に利用されています。
糖尿病網膜症患者さん、頑張って、血糖コントロールに努め、新しい治療が出てくるまで、視機能を大きく損なわないようにしてくださいね。