緑内障の勉強会 その1 (595)
2012年 03月 17日
3月10日、あの忌まわしい3.11の前日、歴史を遡ればアメリカによって、歴史上稀に見る非戦闘員の大量虐殺が行われた東京大空襲の日に(?)、彼の国の製薬会社のご好意によって、かつて一緒に緑内障を学んだ我々のグループで、今話を聴きたい演者を招待し、通常の講演会と異なり、非常に近い距離で話が聞ける貴重な機会の第3回目が行われました(くどい文章・・)。今回も、非常に勉強になる数時間を過ごすことが出来ました。
タイムリーレポート 正常眼圧緑内障に対するトラボプロスト点眼の眼圧下降効果 湖崎淳
関西では湖崎眼科や山岸眼科を含む多数の施設による正常眼圧緑内障に対するトラボの眼圧下降効果の調査。3ヶ月の判断ですが、新規の正常眼圧緑内障で、おおよそ19.5%下降。ベースラインが高い(17以上)と21%ほど、低い(14以下)と18%ほどの眼圧下降率。睫毛延長は37%、DUESは12%ほど。まあ印象通りの結果かな・・。
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講演に先立って三木先生からイントロダクション・・・
緑内障治療の歴史:1857年に周辺虹彩切除術、1970年にレクトミー、1976年にβ遮断剤点眼、1990年にPG点眼が発売され今日に至っています。100年前は角膜疾患が失明原因のトップで、50年前は白内障。そのいずれも医学の進歩によって克服されつつありますが、緑内障は治療の進歩に関わらず、何時の時代も失明原因の10%前後を占めていて、身体障害者(視覚障害)の原因の一位。
QuigleyによってGPで異常が出たら神経節細胞の半分は死んでいる・・・というショッキングな話が出たのはもう何十年前だったでしょうか。その後も、ハンフリーの5dB感度低下で20%、10dB低下で40%神経線維消失と言われています。つまり、いつまでたっても失明原因の上位にあり続ける原因の一つは、視野異常を来してから治療をしているから、神経節細胞がゴソッと無くなる前に検出し治療開始すれば、なんとかなるのではないか。そのツールとしてOCTが存在する?
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特別講演1 OCTの基礎から考える緑内障 京大准教授 板谷正紀先生
今、最も話を聞いてみたい演者の一人です。楽しみ・・・
多彩な話で、内容を十分には把握・咀嚼できませんでしたが、印象に強く残った部分のみを・・(言い訳)。
我々は緑内障患者さんの視野を守ろうと努力します。ただ、視野障害が検出される時期というのが、初期ではないという問題を抱えています。だからと言って、視力も視野も正常な人にリスクのある手術まで行うことは出来ないですし、将来確実に緑内障性視野障害を来す患者さんを全員治療対象にすることは、多治見スタデイの結果を受けても不可能な訳です(90%近くが未発見だったのですから)。ただ、視野障害が検出される前に生じている大量のRGC減少過程をOCTなら検出可能?。NFLとRGCを検査することになります。
cpRNFL:視神経周囲の神経線維層の厚みを見る方法は、眼底全体の神経線維を漏らすこと無くチェックできますが、若干感度が低くなる。
GCC:網膜のRGC分布を考えると黄斑部に集中していることから、黄斑部の神経節細胞層の厚みを評価することは、初期の緑内障検出に有用。
ただ、各種OCTが提供する自動計測の結果をそのまま診療すると、時に大きな過ちを生む危険性がある。例えばある部位での神経節細胞層の厚みを計測したとして、その値は正規分布のような分布をとり、もし、ある値より薄くなったら異常と判断する場合、薄い方から1-5%の値なら境界領域、1%以下の値なら異常と判断しますが、それは、そこまで減少したのだから異常という判断で、若干危険が潜んでいる。
1,落とし穴
①シグナルストレングス:測定値に付随するこの信号強度はある機種では、『6』以上が推奨されているようですが、様々な測定条件があり、必ずしも良好な信号強度が得られない事もあり、すると異常値を示すことが多くなるようです。今問題にしている、PPG(preperimetric glaucoma)と正常人との差はわずかなので(GCC 正常人94.8μm vs PPG87.0μm)、ここを大切にしないと、結果は信頼できない?
②前述の如く、人種・屈折・眼軸・性別などによって、神経節細胞厚の値も異なる訳で、もともとその値が低ければ、少しの変化で異常と判断されてしまいかねない?
Detection of macular ganglion cell loss in glaucoma by Fourier-domain optical coherence tomography.
Tan O, Chopra V, Lu AT, Schuman JS, Ishikawa H, Wollstein G, Varma R, Huang D.
Ophthalmology. 2009 Dec;116(12):2305-14.e1-2.
ROC曲線(Receiver Operatorating Characteristic curve、受信者動作特性曲線)
ROC曲線下面積(AUC: area under the curve)であり、0.5 - 1.0の値をとります。一般的には、AUC(AROC:area under the receiver operating characteristic curve)の値に基づいて予測能・診断能を下記の様に判断するようです。
AUC 0.9 - 1.0:High accuracy
AUC 0.9 - 0.7:Moderate accuracy
AUC 0.5 - 0.7:Low accuracy
※すると、OCTはPPGの診断能力において、0.8以下のようです。やはり、まだまだ補助診断ツール?
2,OCTによる緑内障診断
(図・写真は演者とは関係有りません。私が作ったものです。)

スペックルノイズとの戦いに勝って、OCTはかなり鮮明が画像を得られるようになり、黄斑部でのGCL厚や密度は耳側の少し薄い部位以外はかなり対称で、特に上下の対称性は高い事が判明。この高い上下の対称性に着目して、解析データではなく、生データを見ることで、優秀な緑内障専門医でも判断に迷うケースにおいても、OCTは診断を強くサポートしてくれる。
緑内障を疑う視神経乳頭があり、例えば陥凹は下方にのみノッチ、DHとNFLDもあり。ただ、上方はDHのみ。下方の変化は緑内障でも、上方は・・・?OCTで黄斑部網膜を上下にスライスして、その各層(NFL・GCL)の厚みを上下で比較すれば、視神経をいくら睨んでいてもわかりづらい初期変化であっても、容易に診断可能となる。

Macular ganglion cell layer imaging in preperimetric glaucoma with speckle noise-reduced spectral domain optical coherence tomography. Nakano N, Hangai M, Nakanishi H, Mori S, Nukada M, Kotera Y, Ikeda HO, Nakamura H, Nonaka A, Yoshimura N. Ophthalmology. 2011 Dec;118(12):2414-26.
おそらくこの続報?がOpthalmologyに掲載予定のようで、PGじゃなく、PPGにおいてもperi-foveaの菲薄化が検出可能・・・らしい。乞うご期待。
黄斑部を上下にスライスする断面をみて、特にNFL/GCL層において上下の対称性が崩れていないかチェックする。意外と簡単そう・・。
3,高度近視について
昔から言われていた事でしょうが、高度近視が緑内障の危険因子であること、その暗点が中心付近に出現しやすいこと、そして年齢層が若い事・・。これは非常に重要な問題を含んでいると思います。
まず、10枚の傾斜乳頭の写真を提示され、そのどれもが、視野異常がないこと、次にまた10枚の傾斜乳頭の写真を出され、その全てに視野異常があると。勿論、前者に比べると、後者は明らかに緑内障性変化が加わっていそう・・とわかりますが、前者の10枚だけ見せられて視野に異常があるかと言われると、これはわかりません。ただ、前述の手法を用いて、黄斑部網膜の上下の対称性を見れば、判断可能。勿論こんなケースでは、cpRNFLは使えない。
症例提示
1,小乳頭 26歳女性:乳頭で緑内障の評価は不可能。黄斑部網膜の上下の対称性の崩れがあり、MD-1.0dB/年だったので、緑内障として治療した。
※近視眼で見られる中心窩近傍のGCL菲薄化に着目。これが悪化して中心窩に近づけば、傍中心暗点が出現する。一般的には耳下側傍中心暗点が多い。また、NFLDの位置も、通常の緑内障と違って(30-40°)、高度近視緑内障では0-10°あたりにピークがある。24-2や30-2では検出出来ないことがあり、10-2が有用!
2,52歳女性:24-2で中心付近問題ないと思っていたら、10-2で傍中心暗点検出。黄斑部網膜上下の非対称性あり。
3,58歳男性:24-2で上方だけの異常と思っていたら、10-2で下方の中心付近に暗点あり。黄斑部網膜上下の非対称性あり。
※非近視眼の緑内障は検者による差がないが、高度近視だと差が大きい。ただ、黄斑部網膜上下の非対称性を見れば、診断のバラつきはなくなる?
※個人的に非常に興味を覚えたのは、近視の緑内障へのアプローチ。以前、近大の中尾先生の乳頭の顔だけで、緑内障と診断しにくい、低形成との鑑別で(勿論近視乳頭との鑑別にも役立ちますが)、視野変化が検出される程の視神経なら、『MRIをSTIR法で行い、信号強度比(=視神経/脳白質)を計算すれば鑑別可能』と聞いて、チョット一般的な眼科医には採用し難い方法と思ったのですが、OCTで黄斑部網膜の上下対称性の崩れを見ることなら可能。(それには、やっぱりスペクトラリスの画像が一番なのでしょうか。)
そしてそのような疾患には、10-2を多用する。我々が思っているより、ずっと早期に異常が検出されるのかもしれない。(ただ、10-2の異常は馴染みがないので、出来たら、早期高度近視緑内障の10-2視野を集めて、初期にどこから障害され、どのように進行していくのか、明らかにしてほしいものです。)