2017年 02月 24日
ダビンチ(da Vinci)支援手術と緑内障 (999)
ドライブで見つけた桃源郷じゃなくて、茶源郷・・
今まで考えたこともなかったのだが、ある時患者さんが、前立腺癌でda Vinci支援手術を受けていいか・・・と情報提供を求める手紙を持って来院された。考えたこともなく、即答できなかったので、少し勉強してみることにしました。どうやら、前立腺癌に対するda Vinci支援手術というのは、患者さんに、頭を低くする(30°ほど)体位をとらせ、手術時間も長時間(5-6時間?)かかるので、その間の眼圧上昇が危惧されるとうことらしい。
眼科医として、緑内障患者さんが全身麻酔を受ける時に心配するのは、緑内障発作(Acute PAC)を引き起こさないかどうか。この一点であった。狭隅角眼や閉塞隅角緑内障があり、レーザー虹彩切開術や白内障手術が行われていなくて、抗コリン作用のある薬剤投与によって、閉塞隅角緑内障の発作を誘発する可能性があるかどうか。これだけだと思っていました。以前だと、他科で投与される抗コリン作用を有する薬剤で発作が誘発されるような、危なっかしい眼は、レーザー虹彩切開術されていることが多かったのですが、最近は少し微妙で、レーザー虹彩切開術の危険性が叫ばれ、大して白内障もない場合、危なっかしい眼が、そのままということも多い気がします。
ただ、この狭隅角の問題とは別に、da Vinci支援手術においては、開放隅角緑内障であっても、緑内障というだけで、手術適応外であるらしいのです。泌尿器科の中で、どんなコンセンサスになっているのでしょう?
頭低位にすれば、眼圧上昇を引き起こす筈。ましてや緑内障のある患者においてはリスクが高く、失明の危険性を冒してまで手術したくないので、緑内障はda Vinci支援手術の適応外に・・・?ただ、眼科医からすれば、どれだけ眼圧上昇を引き起こすか不明の手術の為に、緑内障患者全員が、da Vinci支援手術が受けられないのは、若干理不尽な気もします。
ロボツト支援腹腔鏡下前立腺全摘除術中の眼圧変化(麻酔:63巻12号)というタイトルの麻酔科医が書いたと思われる論文を見つけたので、読んでみました。『患者の苦痛を考慮し眼圧測定は全身麻酔中のみ・・』という記述には笑ってしまいますが、眼圧測定結果は、
| 右眼 | 左眼 |
T0:全身麻酔導入直後 | 14.9±3.3 | 14.6±4.0 |
Tl:砕石位気腹直後 | 15.2±3.4 | 14.8±3.9 |
T2:頭低位25度15分後 | 24.2±4.3 | 23.7±5.2 |
T3:頭低位60分後 | 27.9±5.3 | 27.15±5.28 |
T4:頭低位90分後 | 28.0±5.1 | 27.9±5.0 |
T5:気腹終了仰臥位復帰5分後 | 22.2±4.9 | 22.9±4.8 |
この眼圧は、緑内障のない患者14名の値です。±の後の値は、標準偏差です。頭低位にすると眼圧上昇し、60分もすれば、平均15だった眼圧が30近くまで上昇している。気になるのは、全員というよりは、特に上昇する人なので、『平均値+標準偏差』の値を見ると、
| 右眼 | 左眼 |
T0:全身麻酔導入直後 | 18.2 | 18.6 |
Tl:砕石位気腹直後 | 18.6 | 18.7 |
T2:頭低位25度15分後 | 28.5 | 28.9 |
T3:頭低位60分後 | 33.2 | 32.43 |
T4:頭低位90分後 | 33.1 | 32.9 |
T5:気腹終了仰臥位復帰5分後 | 27.1 | 27.7 |
つまり、頭低位を60分ほどすれば、一部の人では33mmHgぐらいまで上昇する。気になるので、グラフのプロットを見ると、Max35ぐらいは上昇してそう。正常と思われる人で、この程度の眼圧上昇があるのだとすれば、NTGというよりは、POAGで房水流出抵抗の高い人の場合の眼圧上昇は更に高い気がする。手術が、1-2時間程度なら許容範囲内なのかもしれないが、前立腺癌の手術のように5-6時間にも及ぶ手術の場合、眼圧が30程度なら問題ないかもしれないが、50前後まで上昇するなら、加えて術前の緑内障性視神経障害が強ければ、術後緑内障悪化の可能性は十分考えられるのでは・・。
また、緑内障だけでなく、眼潅流圧の問題も気になります。眼圧に依存しないタイプのNTG(若干言葉に矛盾をはらんでますが)は、眼灌流圧が低いとも言われていて、前述の眼圧上昇状態が長時間続くことは、眼虚血のリスクも高い気がします。全身麻酔や内科での投薬に関連した閉塞隅角緑内障も多くの未解決問題をはらんだまま、緑内障というだけで、無駄な治療回避や投薬変更が行われている可能性がありますが、このda Vinci支援手術における緑内障の扱いも問題が多い気がする・・
この件に関して、ブログに記載した以外に大した情報を持ち合わせておりません。
ただ、最近ダビンチ手術前に、緑内障の有無をコンサルトされる機会が増えてきましたが、たとえあったとしても、頭低位での手術で、重大な合併症を引き起こすような事はないと考えています。ましては、開腹手術なら全く問題ないと思われます。
『うつむくだけで頭と目に血が上るような感覚になります。寝た時にも(特に横向きに寝るだけで)強い目と頭の違和感があるため、仰向けにしか寝ることができません。』
この件については、何が原因なのか、緑内障と関連があるのかわかりません。