2024年 05月 12日
緑内障禁忌薬剤 2024 (1299)

ある患者さんが、将来緑内障急性発作を起こすのかどうかの判断、慢性に経過する隅角閉塞に移行するのかどうかの判断、また抗コリン作用を有する薬剤の投与は安全かどうかの判断は、かなり難しい問題です。
隅角の広さを決定する解剖学的要因を測定して、閉塞隅角緑内障発症の可能性を予測できれば、その後の方針決定は容易になるのでしょうが、光学的眼軸測定や前眼部OCTが進化した現在においても、測定した結果から閉塞隅角の発症リスクを数値化するには至っていない。ある程度のデータと経験から、眼科医がこれは危ない・・・と判断すれば、かつてならレーザー虹彩切開術、今では水晶体再建術が選択されるのだろう。
この議論は、あくまで眼科を受診した患者さんの眼が、前房が浅い・隅角が狭い場合の眼科医の判断で、いわゆる緑内障禁忌薬剤の投与の是非に関する判断は、これとは少し別に考える必要があるのかもしれません。いわゆる緑内障禁忌薬剤の投与を受ける患者さんの多くは、眼科を受診していないからです。
緑内障禁忌薬剤というのは散瞳作用を有する薬剤です。代表的なのは、眼科で用いる散瞳剤であり、眼科医でも、緑内障を専門にしている眼科医でさえ、どの薬剤でどの程度の散瞳なら安全なのかという判断は難しいです。問題は、世の中に溢れている散瞳剤以外の、抗コリン作用を有する薬剤です。

副交感神経の神経筋接合部においては、アセチルコリン(Ach)が神経伝達物質として存在し、これがアセチルコリン・レセプター(AchR)に結合することで、神経によるインパルスが筋肉に伝えられます。このAchとAchRとの結合を妨げる作用を抗コリン作用と呼び、この作用を有する薬剤が今回のテーマです。
※ニコチン性アセチルコリン受容体(ニコチン受容体):ニコチンがアセチルコリン同様の働きをする受容体(NN受容体とNM受容体がある)。
※ムスカリン性アセチルコリン受容体(ムスカリン受容体):ムスカリンがアセチルコリン同様の働きをする受容体(M1からM5まで5種類ある)。瞳孔括約筋にあるのは、M3受容体。これが縮瞳のメインルート。
世の中には、様々な程度の抗コリン作用を有する薬剤が、非常に多く存在します。
- . 催眠薬・抗不安薬
- . 抗パーキンソン薬
- . 鎮痛剤
- . 総合感冒薬
- . 循環器官用剤
- . 鎮咳・気管支拡張剤
- . 抗ヒスタミン剤
- . 鎮咳剤
- . 鎮痙剤
- . 排尿障害治療薬
- . 麻酔前投薬
- . 散瞳薬
眼科医がその投薬の是非を迫られるのは、最後の散瞳薬ぐらいでしょう。その他の薬剤が、一体どれくらいの程度の散瞳作用を有するのかを、我々眼科医もよく知りません。緑内障急性発作が、多発していないことを思えば、多分、そう大した散瞳作用でないのだろうなあ・・とは思っています。ましてや、薬剤の有する抗コリン作用の中でも、M3受容体遮断する作用がどの程度なのか・・となると、さっぱりです。また、一時的に投薬される場合と、継続的に投薬される場合で、判断は異なるでしょう。高齢者の薬剤手帳を見ると、かなり多くの薬剤が投与されているのに驚かされます。抗コリン作用が単独では大したことなくても、相加作用・相乗作用を有することもあるでしょう。
こんな複雑な状況で、眼科以外の医療関係者が、抗コリン作用を有する薬剤を投与する場合に、『緑内障と言われた事がありますか』、もう少し詳しく『閉塞隅角緑内障と言われたことがありますか』と問診して、安全な投薬が可能だろうか・・・。
私が、抗コリン作用を有する薬物の投薬の是非を尋ねられたら、いつもやっているように、散瞳して大丈夫だろうか・・同じ問題と考えて判断することになります。①前房深度 ②隅角の狭さ ③瞳孔ブロックの程度(虹彩の膨隆の程度)を考慮して、散瞳が隅角閉塞を引き起こす可能性に思いを馳せます。勿論、前房が浅くて、隅角が狭くて、少し瞳孔ブロックがあっても、どうしても散瞳検査が必要なら、こわごわ散瞳することもあります。ただ、①②③とも眼科以外が判断することは不可能です。
更に問題となるのは、恐らく非常に多いと思われる、眼科受診歴のない、無自覚の、浅前房・狭隅角の患者さんです。当然閉塞隅角緑内障ではありませんし、緑内障ですらありません。加齢とともに前房が浅くなり隅角が狭くなることもありますから、40代では問題なくても、60代ではハイリスクかもしれません。眼科を受診していなければ、問診も意味を持ちません。
色々考えると、大して抗コリン作用の強くない薬剤であれば、ほとんどの場合大丈夫かもしれないとも言えるし、厳密に考えると、すべての抗コリン作用薬物投与前には、眼科医による①②③のチェックが必要とも言えます(非現実的)。
2019年に、抗コリン薬の禁忌、「緑内障」等の見直し・・が行われたようです。
https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000529725.pdf
安全対策調査会は、「緑内障」を「閉塞隅角緑内障」に改定したようです。この改定にどれほどの効果があるのでしょう。「閉塞隅角緑内障」ということは、投薬される患者さん全員が、眼科医による診察を受けることが大前提?さらに驚いたのは、慎重投与の欄に、開放隅角緑内障と書いてある。もう信じられない・・・。一体どうしろというねん。この厚労省の文章の中には、懐かしい欧米の薬理学の教科書:Goodman & Gilman's The Pharmacological Basis of Therapeuticsに、「この種の薬剤は,閉塞隅角緑内障になりやすい患者において気付かないまま発作を起こすかもしれない」と記載されている・・・とあるが、これが真実だろう。ただ、閉塞隅角緑内障になりやすい患者のセレクトは非常に大変な作業だが・・
※長い間眼科医をしているが、私にはこの添付文書に出てくる「閉塞隅角緑内障」がイメージしにくい。一昔前なら、閉塞隅角緑内障と診断されたら、レーザー虹彩切開術するか、水晶体再建術をしていたので、逆に投薬可能になるだろうし、非常に隅角が狭くて、瞳孔ブロックも結構強くても、一応開放隅角で視神経にも問題なければ、緑内障ではない。まさか、未治療の急性・慢性閉塞隅角緑内障だけを想定したものではない筈。抗コリン薬禁忌の緑内障って、PASがあるけど(つまりPAC)、範囲が狭くて、眼圧正常か点眼でコントロール可能な状況で、GONも軽微な場合だけなのだろうか?
個人的な見解だが、緑内障の有無に関係なく、『前房深度(角膜を含まない)が2.0mm以下、虹彩の膨隆度(irisconvexity) が0.3mm以上、隅角の角度は10度以下(Shaffer grade Ⅰ以下)』なら、禁忌としたい。私は権威ではないので、単なるつぶやきです。
やっぱり長文になってしまった・・・
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