2024年 07月 05日
眼内レンズの選択について その1 (1306)

白内障手術を行うということは、通常は眼内レンズを入れることになる。ただ、眼内レンズは非常に多彩で、患者さんにとって、どの眼内レンズがベストなのかは、難しい問題。
眼内レンズの種類
- 単焦点
- トーリック
- 多焦点①:低加入多焦点(保険適応の低加入多焦点)±トーリック
- 多焦点②:高加入多焦点(本物の多焦点:屈折・回析・EDOF・・・)±トーリック
支払い方法による分類
- 保険診療:単焦点・トーリック・多焦点①
- 選定療養:多焦点②
- 自由診療:多焦点②
勿論ある程度、勉強してきた患者さんが、多焦点レンズを希望されることもある。値段も高いので、一番よく見える眼内レンズだと思われても仕方ないが、本当にそれが自分にとってベストなレンズなのかどうかは微妙で、眼内レンズのチョイスの参考になるように少し考えてみる。
A:まずはもともとの眼の状態
- 白内障手術するのは両眼なのか片眼なのか
- 眼軸長、つまり近視なのか遠視なのか、あるとすればその程度は?或いは、どちらでもないのか。
- 角膜混濁があるか・・
- 角膜乱視は?
- 水晶体固定の脆弱性は?
- 眼底に異常は?
B:次に患者さんの眼球以外の要因
- 年齢
- 性格:細かなことを気にするタイプなのか、大らかな性格なのか?
- まだ仕事をしているのなら、どのような職業なのか?
- 仕事していない場合、どんな状況での見え方をもっとも重視するのか?
- 経済的な問題
ざっと考えてもこれぐらいの要因はあるだろう・・・・・もっとあるでしょうが。
A:まずはもともとの眼の状態
1,手術するのは両眼なのか片眼なのか
両眼の場合は、術後の見え方(焦点にあう距離・幅)を患者さんと相談して、眼内レンズを選ぶことが可能だが、片眼だけ手術する場合
- 既に片眼が術後の場合は、術後眼の屈折度数を考慮して、術眼の屈折度数を決めることになる。
- 片眼の白内障が全くない場合は、多少悩むことになるだろう。片眼だけ手術するのか、両眼やってしまうのか・・。片眼だけ手術するなら、手術しない眼の屈折度数がどの程度なのかは、手術する眼の術後屈折度数を決める重要な要素になる。
- 片眼の白内障がある程度ある場合、手術しない方の眼の屈折異常は、②の場合ほど重要視しなくていいかもしれない。しばらくすれば手術することになるし、少し前倒しして、両眼手術とうい選択肢も出てくるから。
※ここで言う屈折度数というのは、要するに術後最も焦点のあう距離をどのあたりに持ってくるかということ。1mなら-1.0D、30cmなら3.0Dぐらい・・
2-1,近視がある場合(眼軸長が長め)
これも程度によって異なるのだが、例えば-3Dの近視があって(30cmの距離が眼鏡なしでよく見える)、近見に全く困ってなかったら、遠方視の眼鏡装用は苦にならないので、術後は、-3.0Dの単焦点でいいかもしれないし、白内障手術は、普通の人とっては、屈折矯正手術をうける唯一のチャンスだし、この機会に±ゼロ(エンメ)にすることもありかも。この場合は、アイハンスやレンティスコンフォートなどの新しい低加入多焦点IOLが必要かもしれません。
近視の程度が非常に強くて、例えば-6.0D以上であれば、術後もある程度近視を残した方がいいように思います。眼鏡なしで、近くはかなり細かなものまで見えていた状況が手術によって失われるのは嫌だし・・。
2-2,遠視がある場合(眼軸長が短め)
高度の遠視の場合は、特殊状況なので、別次元の話になるが、例えば、+2D程度の遠視がある場合は、どうでしょう?この程度の遠視の人は、若い頃は、遠くも近くもよく見えていたでしょうが、加齢に伴い(調節力の低下に伴い)まず近くが、次に遠くも見えにくくなり、眼鏡依存度がかなり高くなってきているはず。通常の単焦点IOLを若干近視よりでもいいかもしれないし、新しい低加入多焦点IOLをエンメ設定で入れてもいいかもしれません。
3,角膜混濁は?
もし、角膜が混濁していれば、不正乱視が存在するかもしれないし、そうなると高いレベルの視機能の議論はあまり意味を持たないので、IOLは単焦点にすべきでしょう。
4,角膜乱視
どの程度の角膜乱視があれば、矯正すべきかどうかは少し議論があると思いますが、通常問題になるのは、加齢とともに強くなる倒乱視です。当然術後も若干倒乱視化は進むのかもしれないが、手術を機会に乱視ゼロ近くにリセットしておく(トーリックIOL使用)のがベター(と師匠が言ってました)。だとすると、若干の直乱視は放置していいのかも・・。
5,水晶体固定の脆弱性
例えば、PEがあり、チン小帯が緩んでいる場合は、手術難易度が高くなり合併症の確率も高くなるが、そうでなくても術後のIOLの位置の推定が予測通りでなければ、予想される屈折異常と異なる結果になることを想定しておく必要があるでしょう。高度で精密な屈折矯正手術というわけにいかないかも・・。
6,眼底に異常
勿論、眼底疾患があって、十分な矯正視力が出ない場合も、高いレベルの視機能の議論はあまり意味を持たないので、多焦点や新しい低加入多焦点IOLの適応外と思います。
B:次に患者さんの眼球以外の要因
1, 年齢
老眼の程度(残存調節力の程度)によっても対応は変わってくる。単焦点IOLを入れると、手術後調節力ゼロになります。これは60歳以上ならそれほど考慮しなくてもいいだろうが、40歳代なら大きく考慮する必要があります。また個人差があるものの、年齢によって活動範囲にも違いがあり、野外で活発に動き回る人と、朝から晩までテレビの番をしている人では対応は異なる。
2, 性格:これは大きい要因なのだが、見極めが難しい。
細かなことを気にするタイプなのか、大らかな性格なのかは、多焦点眼内レンズをチョイスする場合に、大きな問題になる。屈折・回析型の多焦点眼内レンズは、原理的にコントラストが落ちる。同時に遠くの画像も近くの画像も網膜に焦点があっているので、見たいところの情報量は半分以下になっている筈。当然暗いところでは見えにくい筈。EDOFはそれを克服しているようだが、近くはちょっと見えにくい。以前の古いタイプの多焦点IOLで問題になったハロ・グレア(夜間・暗い場所で街頭や車のライトが滲んで見えたり、眩しかったり・・)は、改善しているもののゼロではない。遠くも近くも若い頃のように快適に見える訳ではないので、患者さんがこのデメリットを許容できるのかどうかを見極める必要がある(難しいけど・・)。
術前だって、結構な白内障があって、矯正視力も低下しているのに、何も不自由を感じないと言われる場合もあれば、ちょっとした白内障の進行で、強い訴えがある場合もある。これは、術後もそうで、よく見えている筈・・・なのに、予想した快適さと異なると不満が出る場合がある。見え方、感じ方というのは、個人差が大きい。
3, まだ仕事をしているのなら、どのような職業なのか?
最近は、高齢者も仕事をしているケースが増えている。どんな状況で仕事しているのかを、考慮する必要があるだろう。介護や清掃の仕事をしていると言われることもあれば、事務仕事を頑張っている人もいる。仕事上眼鏡がかけられないと言われることも。当然対応が必要になる。
4, 仕事していない場合、どんな状況での見え方をもっとも重視するのか?
仕事をしていなくても、一日テレビの番をしている人と、パソコン使用頻度が高い人や読書好きの人、野外で活発に動き回っている人では、重要視される明視域が異なる筈。術後屈折異常はそれを考慮すべきだろう。
5, 経済的な問題
白内障手術を、通常の保険適応範囲内で受ける場合の患者負担はそれほど大きくない。1ヶ月以内に両眼行うと、更に負担は軽くなる。例えば、自己負担1-2割の75歳以上の方が、高額療養費制度を利用して両眼手術する場合は、自己負担1万8000円(片眼あたり9000円)ぐらいで済む。70歳未満で3割負担の人なら、高額療養費制度を利用しても8万はかかるけど。
https://www.hakunaisholab.or.jp/cataract-operation/operation/price/
通常の単焦点や低加入多焦点眼内レンズは、この程度の金額で手術可能だが、本格的な多焦点眼内レンズとなると、保険適応外となるので、一気に高額になる(勿論施設によって大きく異なる)。高額の多焦点レンズも、国が選定療養として認可したレンズの場合は、自己負担が25万から30万ぐらいでしょうか。この選定療養とは、手術費用は保険負担、眼内レンズ代の一部が保険負担というシステムです。

さらに自由診療で扱われる高価な多焦点IOLも多数あります。当然手術費用から眼内レンズ代全て自費なので、施設・レンズの種類で異なりますが、片眼50万以上しょうか。これぐらい払えば、全ての眼内レンズが選択肢に入ってきます。両眼ワンセットで販売されている特殊なものもあります。
かつては、保険の先進医療特約に入っていれば、高額の眼内レンズ代を全てカバーしてくれたので、患者さんも負担ゼロ、眼科医も高額代金を自由に請求できていたようですが、眼科領域で先進医療をやりまくった結果、先進医療の総額の半分以上が白内障手術になってしまい、2020年4月以降、ついに先進医療から除外されてしまいました。
ここまでは、オーソドックスな白内障手術に対する基本的なスタンスです。ただ、最近の白内障手術の派手な宣伝文句を見ていると、屈折矯正手術+老視手術という側面が強調されていて、多彩な多焦点眼内レンズが紹介されています。遅ればせながら、ちょっと勉強してみます。
続く